電通だからできるスタートアップ支援のカタチ–電通 樋口景一

2018.11.12

政府による「J-Startup」の始動など、スタートアップ育成の動きが本格化する2018年、日本を代表するメンター陣と電通が支援プログラム「GRASSHOPPER」をスタートさせた。キーワードは、クリエイティブとブランディング。今回話を聞いたのは、まさにその中核部分のメンタリングを担当する電通の樋口景一。国内外で広告キャンペーンのディレクション等を手がける一方、近年では開発途上国の国家ブランディングやスポーツ分野での事業開発など、既存の広告領域を超えた活動で業界の可能性を切り拓き続ける。そんな樋口が、イノベーターとして必要な素質や思考回路、そして「GRASSHOPPER」にかける想いを語る。

業界同士の「距離感」を逆手に取ったメンタリングを

―「スタートアップ×クリエイティブ」をテーマにしたGRASSHOPPERですが、この掛け算にどんな可能性が?

樋口:クリエイティブというと、カッコいいもの・美しいものを作ることと捉えられがちですが、「物事が一番伝わる形に転換する力」こそ、本来のクリエイティビティーです。だから、スタートアップにクリエイティブの力が加わることで、それぞれの企業が持つサービスやビジョンを、一番伝わる言葉に翻訳したり、人々がハッとする価値に転換するサポートをしていきます。

さらに、強い「伝え方」を模索する中で、サービスやプロダクトの「中身」を改めて見つめ直す機会が生まれ、その視点は全体をブラッシュアップするきっかけにもなるはずです。「伝え方」と「中身」を行き来しながら、それぞれのスタートアップがもたらす価値を唯一無二の存在にしていくことを目指します。

―GRASSHOPPERには各業界を代表する10人のプロフェッショナルがメンター陣として参加します。樋口さんは、どんな立ち位置でメンタリングしていくのですか?

樋口: これまでも、いろいろなタイプのスタートアップから共通して多かった相談は、「ある地点からチーム全体が同じ価値観の集団になってしまい、そこから先のブレイクスルーができにくくなる」というものでした。

電通にいると、日々ものすごいスピードで、異なるタイプの人・考え方・ビジネスのあり方に出会って、いろいろなものを見聞きします。なので、スタートアップや業界にある種の「距離感」を保って接することで、違う世界やモノの見方を提供したり、企業やサービスが持つ本質的な価値を客観的な視点から見つけるお手伝いをしていきます。そういう意味では、新鮮な空気を入れて、フレッシュなものの見方を提供することで、風通しをよくする係なのかもしれません。

―電通には6,000社を超えるクライアントを抱えているという強みがあります。参加するスタートアップのために、その強みをどう生かしていきますか?

樋口:単純な大企業とのマッチングというよりは、「未来を見据えた出会いづくり」をサポートしたいと思っています。電通には多様な社員がいて、一人ひとりが広大なネットワークを背負っています。ユニークなのは、社員それぞれが、「あの人とあの人の思いを掛け合わせたら何が生まれるんだろう?」と日々シミュレーションをしている点です。どの社員も共通して「出会いへの強い勘どころ」を持っているので、メンタリングやサポートする中でも、ただ企業と企業をつなげるというよりは、参加するスタートアップの未来に意味のある出会いづくりを目指していきます。

樋口がこだわる「三つの視点の動かし方」

―ここからは樋口さんに、電通での仕事を中心に聞いていきます。時代とともに仕事の中身はどのように変化していますか?

樋口:広告コミュニケーションの範疇を超えて、事業やサービスの中身からクライアントやコンテンツホルダーと一緒になって考えていこうという仕事が増えています。世の中のニーズが多様化して課題が見えにくくなっている時代だからこそ、商品・サービス単体の相談だけでなく、業界全体としての閉塞感をどう突破していけばいいかなど、マクロな相談が増えています。幅広いタイプの業種・ビジネスの波の中に身を置いているので、「このタイミングで、こんなアクションを取ればうまくいくのでは?」という様々な相談に対応できるアナロジーが日常に転がっています。同じ業界の中にいるとなかなか難しい指摘ができるので、異なる業界やビジネスの視点を持った第三者として、大きな課題発見に貢献できているのでは、と感じています。

―樋口さんは「コミュニケーション」をキーワードに、広告業界の枠にとらわれない仕事を手がけています。樋口さんならではの企画の作り方や、課題を見つけるための思考パターンを教えてください。

樋口:必ず意識していることは三つあります。一つは「視点の組み合わせ」です。普段から色々な業界やタイプの仕事をして、同時にまったく違うタイプのことを考える状態を作るようにしています。たとえば自動車の企画をするときに、自動車のことだけを考えていてもブレイクスルーは生まれない。アパレルや都市開発などまったく異質な業界のことを同時に考えることで、対象との距離が生まれて、ブレイクスルーが生まれるんです。仕事以外でも、日常的に自分から一番距離が遠くにありそうな情報を摂取するようにしています。ちょっと遠い視点が足りていないと思うと、書店に行って最もそのときの興味関心領域と遠い本を買いに行きます。

二つ目は「視点の上下」。ある商品やサービスを、事業の視点だけでなく産業の視点で見たり、さらに引いて社会の視点で見る。また引いて文化や歴史的な視点からその対象について考えていく。自分の頭上にカメラがあって、そのカメラが寄ったり引いたりしている感覚ですね。そうすることで、自分の手のひらに乗った状態では、まったく見えてこなかった課題や発想が掴めたりします。

三つ目は、「視点を体内に取り込む」ことです。どんな企画や課題を見つける際も、「これは人間の根源的な欲求のどれとどう結びついているんだっけ?」ということを必ず見つけるようにしています。どんな商品やサービスも、何かしらの人間の根源的欲求に結びついていないと絶対に生き残らないはずです。その一方で、根源的な欲求ほど、世の中では曖昧な言葉で表現されがちなので、できるだけ尖った言葉で言語化し、そのサービスや事業が「人のどんな欲を突いているのか」を発見するようにしています。

「足りない自分の認識」が、失敗を成功に変える

―広告業界を超えた様々な領域に挑戦していく際に、自分の中で「成功」「失敗」はどのように定義していますか?

樋口:成功か失敗かは、物事をどのスパンで見るかによって、簡単に変わってしまうものだと思っています。僕自身は、できるだけ物事を長いスパンで捉えて、一つ一つの仕事で見れば「失敗」だとしても、その失敗によって自分の足りない部分が見えてきて、最終的に少しでも「成功」に近づいていけると考えるようにしています。ロールプレイングゲームでちょっとずつ武器が増えていくような感覚ですね。

最近スポーツ業界の仕事が多いのですが、この感覚はスポーツ選手にもあるようです。たとえメダルを取っても「その瞬間のメダルでしかない」と考えて、次の一手を考え始める人が、結果的に大きな業績を上げるんだと思います。できるだけ多くのチャレンジをすることはもちろん重要ですが、その過程の中で自分の伸ばすべき部分を正確に認識して、すぐに次に向かって走り出すことが一番大事なのではないでしょうか。

―今の樋口さんがあるのは誰の影響が大きいですか?

樋口:普段の仕事でも、常に一緒に仕事をするチームというものはなくて、すごく多くの人と仕事をするようにしています。そういった意味では、ある特定の協力者やパートナーがいるというよりは、個々の仕事での多様な人々との出会いの積み重ねが今の自分を作っていると思います。自分がラッキーだと思うのは、どのプロジェクトにも、自分が「すごいな」と思える人が必ずその中にいることです。先ほどの「失敗」の話にも重なりますが、そういった人が身近にいることで、常に「足りない自分を認識できる」というのが、自分の一番の成長につながっていると感じています。だからこそGRASSHOPPERも、まったく異なる業界のあっと驚くようなスキルやセンスを持った人たちと出会い、お互いを鼓舞しあえる空間にしていきたいですね。

text:長谷川輝波
edit: 西村真里子、市來孝人