経営の一端を担う覚悟で—“踏み込む”弁護士・山辺哲識のスタートアップ支援術

2018.12.19

アトリエ法律事務所代表 山辺哲識は、フィンテックサービス「VALU」の弁護士でもあり、アーティスト・クリエイターを支援する無料法律相談事務所「Arts and Law」のメンバーでもある。そして、アクセラレータープログラム「GRASSHOPPER」にもメンターの一員として参画。当プログラムへの思いと、メンターとして活動に参加する動機を取材した。

現場に出て、顔の見える弁護士に

–山辺さんが弁護士として関わっている企業はPARTY、VALUや脱出ゲームで著名なSCRAPなど、新しいエンタメビジネスを開拓しているところが多い印象です。そういった企業を支援する動機はどこにあるのでしょうか?

山辺:もともと演劇をやっていたせいか、クリエイティブの現場が好きなんです。弁護士と聞くと企業の法務部とだけコミュニケーションをしている存在と思われる方も多いのですが、私は現場に出て「顔の見える」弁護士業を行っています。契約しているVALUやSCRAP、PARTYには「社員」として、日替わりでオフィスに在席しています。

既存のルールにはない、業界がまだ存在しないような企業やプロジェクトを弁護士として担当したくて、「法律に書いてないならば、まずはやってみよう」という気持ちが強いのです。クリエイティブなアイディアを聞いて、そのアイディアが世の中へスムーズに出ていけるようにしてあげたいと思っています。

–演劇から法律への転身もユニークですね。何がきっかけだったのですか?

山辺:本当は劇団員として生きていきたかったのですが、この社会でクリエイティブに生きていくには様々なハードルがあります。それが見えてきた時に、自分は劇団員や多くのクリエイティブな方々が活躍できるフィールドを支える側になりたいと思いました。クリエイターたちが安心して輝き続ける仕組みを作る側になりたいと考えています。

–山辺さんのような挑戦する弁護士は少数派ですよね?

山辺:弁護士はサービス業なので、その企業やプロジェクトに掛かる時間がそのまま請求金額に反映されるのですが、スタートアップは経験値がないし、お金もない。さらに、コンプライアンスの事前知識もないので一から説明して理解してもらう必要があるので、時間も掛かるし体力や根気も必要になります。

つまり、通常の企業に接するよりも、もっと踏み込んでいかなきゃいけない。対象の企業だけではなく、その業界全体にコミットしないといけないのです。私としては法務だけではなくその企業の経営の一端を担う覚悟で臨んでいます。

クリエイティブを守りつつ前に進める鎧を一緒に考えていきたい

–山辺さんのように、自分ゴト化してスタートアップを支援してくれる弁護士がGRASSHOPPERプログラムのメンターなのは心強いです。さて、そのGRASSHOPPERですが、すでに世の中たくさんのデモデイ・イベントやアクセラレーターがあります。後発でスタートさせるGRASSHOPPERが目指すべきは、どのようなスタートアップ支援プログラムでしょうか?

山辺:後発である以上、差別化は必要だと思います。そして、それは電通が主催するという点から導かれるはずです。日本屈指の広告代理店の強みで、様々なクライアントとのネットワークを持っています。

私の印象として、スタートアップ企業は上場に至るまでのフェーズで一貫して、似た境遇の企業同士でつながっていて、異なるフェーズや異なる業界での認知を上げる取り組みが不十分です。電通のネットワークを活用することによって、GRASSHOPPERに参加する企業がその不十分な部分を補うことができれば、特色が出るのではないでしょうか。

–山辺さんは「スタートアップ×クリエイティブ」というテーマにどのようなポテンシャルを感じていますか?

山辺:個人的には、理想的なスタートアップ企業は、今までなかったクリエイティブなアイディアを中心に、それを思いついた人やそのアイディアに惚れ込んだ人が集まって始まるものだと思っています。その段階でのクリエイティブは、これまでの人生や全人格が色濃く反映されたものになります。私は法律家なので、そんな属人的なクリエイティブが世の中に波及していく方法を一緒に模索し、また、クリエイティブが損なわれたり奪われたりしないよう守ることを重視しています。イメージとしては、軽量化された動きやすい鎧を与えることです。GRASSHOPPERでも、そんな風にクリエイティブを守りつつ前に進める鎧を一緒に考えていきたいと思っています。

–今の時代における、山辺さんの価値はずばり、なんだと思いますか?

山辺:私は、自分を現場に近い法律家だと自認しています。過去に、プロデューサーとして体験型ゲームの企画制作に携わったこともありますし、現在も3つの会社で「社員」という立場をもらって働いています。現場で求められるのは、法律家としての意見だけでなく、取引の重要性等を加味した経営判断です。私の価値は、現場経験を活かして、法律意見を踏まえた経営判断を提案し、時には自ら実行できることではないかと思います。

–「失敗」の定義について。山辺さんはどの程度の失敗まで許せますか?

山辺:難しいですね。法律家の自分に対しては、依頼者の信頼を裏切ることがもっとも恥ずべき失敗だと考えます。でも、依頼者に対しては、許せない失敗というものはないかもしれません。人間のやることですから、次に活かせない失敗もあるでしょうし他人に大迷惑をかけることもあるでしょう。私のこれまでの依頼者の中には、犯罪を犯してしまった人もいますが、そういった人でも報いを受けることにより社会的に許されるべきです。ですので、個人的には、社会の一員としてどのような失敗も許され得るという立場です。

–現在の山辺さんの立場があるのは、どなたの影響が大きいですか?

山辺:多くの人に助けていただいて今の自分があります。あえて挙げるなら、心構えを含む法律家としての基礎は、前職のボスである弁護士の渡邉新矢先生が育ててくださいました。そして、今こうしてスタートアップ企業をサポートするために必要なスキルセットやマインドについては、リアル脱出ゲームを発明したSCRAPの加藤隆生さんの影響が大きいと思います。加藤さんとは、会社がマンションの一室で社員数名の頃からのお付き合いで、当初はイベントの運営等をお手伝いしていたところ会社が急成長したため、今は法律家として会社をサポートしています。一緒に様々なことを経験し、私もスタートアップ企業の一員のように成長させていただきました。

Interview & Text:西村真里子
Edit:市來孝人