「Slush 2018」 現地レポート フィンランド発、世界最大級のスタートアップイベントの独自性とは?

2018.12.28
タグ:

2018年12月4・5日、フィンランド ヘルシンキで行われた世界最大級のスタートアップイベント「Slush 2018」に、電通 ソリューション開発室(1/1よりソリューション開発センター)・古川裕子が参加したレポートをお届けする。古川は同イベント視察ツアー「Dig up Seeds Tour」(DMM.make AKIBA、Forbes JAPAN、電通の共同企画)の主宰者の一人。フィンランドにおけるスタートアップの熱気を当記事から感じてもらいたい。

Slushとは?

2008年からヘルシンキで毎年行われている「Slush」。はじめは若手起業家・イノベーター200人ほどが集まった、フィンランド アールト大の学生によるデモデイでした。回を重ねるごとに大学や企業、行政などを巻き込み、今や世界最大級のスタートアップイベントに成長しました。

今年は、世界130ヵ国から約2万人(うちスタートアップ3,100人、投資家1,800人、ジャーナリスト 650人)が参加しています。

PHOTO by Petri Anttila


今年のイベントは、スタートからビッグニュースに沸きました。Slush CEOのAndreas Saariが基調講演で、アクセラレーションプログラム「Slushアカデミー」を発表したのです。これはSlushが世界各国の有名大学、ベンチャーキャピタル、起業家とタッグを組み、将来の起業家を育成するプログラム。参加する学生は大学での研究と並行し、企業でのインターンや著名起業家からのメンタリングを無償で受けられます。近年、MBAやMOTの存在意義が問われる中、“学んでから起業する”時代から、“学びながら起業する”時代へシフトしていることを実感させられるプログラムです。

電通古川が注目!スタートアップ3選

Slushの会場は、ステージ、インタラクティブなセッションが行えるスタジオ、企業ブースに分かれて構成されています。その中から、私が気になった企業をご紹介します。

NIONIOは中国・上海に本拠地をおく電気自動車メーカー。テスラの競合になりうる会社として、ここ数年注目を集めている企業です。創業者のWilliam Liは中国の連続起業家で、起業した数は40社以上。会場では「中国のイーロン・マスク」と紹介されていました。

PHOTO by Sami Valikangas


彼を一目見ようとステージは超満員で、最新SUV「ES8」を展示中のブースにもたくさんの人だかりができていました。この「ES8」には、最新の運転支援システムとして、前面カメラを含む5台のカメラ、ミリ波レーダーや超音波センサーなど計23個のセンサーを搭載。中国国内をメインターゲットにしているようですが、開発やデザインに関しては、ミュンヘンにあるR&D施設で行っているとのこと。

彼とSlush CEO・Saariの対談ステージの映像はこちらでご覧いただけます。


CTRL-labs

Slush CEOのSaariがイチオシのニューヨークのスタートアップで、2017年に創業。BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)技術を有しています。脊髄信号と筋電データをディープラーニングでパーソナルデータベース化し、学習後は入力デバイスを触ることなく、頭で思い描くだけであらゆる操作をさせるというものです。

脳波などのニューロンデータを解析してアウトプットする研究は世界中で行われていますが、ノイズの多い脳波からの信号ではなく、脊髄から手への信号をベースにしている点が特長です。

Slushの会場では、開発者向けキット「CTRL-kit」というキャプチャーデバイスとデモ映像の紹介をしていました。手を動かさずに頭で考えるだけでコンピューターゲームを操る様子は、まるでテレパシーのようで、SF映画を見ているような気分に。

「手動系の入力デバイスを一掃したい」という次のステージを見据えているところが、筋電系のスタートアップの中でも、一歩抜きん出ている印象を受けました。会場で出会ったスタートアップの方々に今回印象に残った企業を聞いてみたところ、やはりこの企業を挙げる方が多かったです。

ステージ映像はこちらでご覧いただけます。


mui

日本のスタートアップによるmuiは木製のタッチパネルディスプレイ。メッセージの送受信、ニュースや天気予報、アラーム、そしてホームデバイスのコントロールが可能なスマートデバイスです。

白木の温かみのあるデザインがフィンランドの人々にもかなり受けていて、ブースは常に人だかりでした。注目の度合いが窺えます。

mui 代表の大木和典氏


編注:muiについてはインタビュー記事もぜひご参照ください。

Slush 100 Pitching Competition

Slush最大の目玉が、スタートアップ 100社によるピッチバトル。

今年、見事優勝したのはAI開発の支援サービスを提供するMeeshkan。AI関連の開発において、他者の開発した機械学習アルゴリズムはブラックボックス化していることが多く、特に複数のAIエンジニアがプロジェクトに参加している場合、「今、どの程度、学習が進んでいるか」をメンバーが直感的に把握することが難しいという問題がありました。

Meeshkanは、この学習の進捗状況をSlack上で簡単に把握できるようにするサービスで、導入はたった数分でできるというものです。計算機リソース増強の見積もりなど、AI関連開発における様々なマネージメントをスムーズに行うことができるので、AI開発のリソースを最適化しやすくなります。

これから爆発的に増えるであろうAIエンジニアの悩みに寄り添ったサービス内容であること、ビジネスの規模が程よく実現性が高いことに加え、サービスの利用状況のデータを二次活用することで、マーケティングの観点でも将来性の期待できる、目の付け所の良いサービスだと感じました。


審査員の質問やコメントを聞いていても、そのスタンスやスタートアップとしてのゴール(イグジット)の可能性をとても高く評価していたようです。

PHOTO by Sami Valikangas


優勝したMeeshkanのファイナルステージの映像はこちらでご覧いただけます。

アプリやWebのインターフェイスにも注目

イベント運営にも独自性が光ります。参加者だけがアクセスできるWebアプリは、以下のようなインターフェイスでした。


検索できる会場内地図には各ステージのタイムスケジュールがリアルタイムで更新されるようになっていて、とても使いやすく、来場者はこのアプリを見ながら会場内を自分の関心事に合わせて移動していました。

また、参加者同士がコミュニケーションできるマッチングシステムも用意されており、参加者は事前に気になる企業にアプローチして、質問したりミーティングを設定することができます。


これがとても良くできていて、事前に事業内容や課題なども共有しておけば、イベント当日、スムーズに核心から話し合うことができるので、2日間という限られた時間を有効活用するという意味でも、とても良い仕組みでした。

そしてイベント2日間で何千ものミーティングが行われる為、会場のいたるところにミーティングスペースが用意されています。

PHOTO by Petri Anttila

ダイバーシティーが当たり前

会場を歩いていると感じるのが、女性の参加者の多さ。登壇者の半数は女性でしたし、参加者もとにかく女性が多く、今までのテックイベントにはない雰囲気を感じました。

100 pitchでも、チームメンバーが男性だけのチームに対しては、審査員から配慮が足りないと指摘されていたり、男性参加者の多いテック系イベントの中では特に女性参加者が多い印象を受けました。性別、年齢などがスーパーフラットなのが当たり前の環境は見習うべきものがあります。

PHOTO by Jussi Hellsten

Slushは持続可能性を意識するイベント

また、Slushでは、以下のようなことも行われていました。

・販促物の配布は厳禁(ブースでパンフレットの配布などは一切ありませんでした)
・ペットボトルのドリンクは販売、配布しない(フィンランドは水道水を飲むことができるからだそうです)
・会場の至る所に分別ゴミ捨て場を設置(とても細かい分別でしたが常駐のボランティアがフォローしてくれるので安心)
・クロークでコートを預ける時にもらえる引き換え用タグは、古いカーペットを再利用
・Slush関連イベントで使用されるお皿やカトラリーは生分解性のものを使用

Slushは、EKOKOMPASSI(EcoCompass)という環境に関する証明書を保有しており、環境に対する配慮はとても素晴らしく、サステナブルなイベントとしてもとても成功しているように感じました。

産官学連携による壮大な社会実験――ショーケースとしての Slush

学生によるイベントがなぜここまで大きくなったのか…最初はとても疑問だったのですが、会場で出会ったアールト大学の関係者から話を聞くことで、いろいろと分かってきました。

2000年代前半のフィンランドは、日本と同じように、学生はノキアのような大企業を目指すのが一般的で、「起業」や「スタートアップ」に対する印象はそれほど肯定的ではなかったようです。

その後、携帯電話市場で4割のシェア、GDPの3割弱を担っていたノキアが、経営悪化により大リストラを敢行、マイクロソフトに買収されることに。開発エンジニアは仕事を求めて、世界中のスタートアップへ散らばっていきました。その頃は、学生たちも就職先がほとんどなく、国外の企業や大学に行くか、自分達で起業して仕事を作るしか選択肢がなかったそうです。

そこで政府が、テクノロジー関連の起業家育成に力を入れ始め、さらに国外でスタートアップカルチャーを学んだ優秀なエンジニアや学生たちがフィンランドに戻ってきたことで、産官学連携による国内のスタートアップシーンが一気に加速したそうです。

今では、世界中から優秀な研究者やエンジニアがフィンランドに集まり、「ヨーロッパのシリコンバレー」としての地位を築きつつあります。

「この取り組みが正しかったかどうかは、10年後、20年後にならないと分からない。それでも僕らは前に進むしかないんだ」…そう語っていたのが印象的でした。

Slushに学ぶべきカルチャー、エコシステム

今回初めてヘルシンキのSlushに参加しましたが、クラブイベント的なノリとビジネスサミット的な有益性の融合具合が、他のイベントにはないSlush独特のもののように感じました。

内容や技術レベルに関しては、日本のテックイベントも全く引けを取っていないのですが、フェスのような開放感のある雰囲気の中で行われるスピーチやデモンストレーションは、2割増し3割増しで魅力的に感じました。「魅せ方」というものがいかに重要かを改めて痛感するイベントでした。

また、フィンランドには「失敗してもいいからとりあえずやってみる」という意識や挑戦者をみんなで支援する姿勢があり、この点に関しても日本と比べて大きなギャップを感じました。

このようなカルチャーやエコシステムが日本にも根付くことを期待したいです。