3000人が集うシェアハウス、バス型の“動く家”… 住まいやつながりを再発明するコミュニティメーカー–DADA・青木大和

2019.04.24

先日第一期プログラムが完了したスタートアップ支援プログラム「GRASSHOPPER」。当サイトでは、クリエイティブのチカラを実践しているイノベーターへの取材も行い、スタートアップとクリエイティブの関係性について探っていく。

住まいのあり方を変え、人とのつながりをアップデートするー。株式会社DADA CEO 青木大和が世に提示し続けるコミュニティの姿は、”常識からの解放”という言葉がよく似合う。慶應義塾大学在学中に、起業家やアーティスト、社会人や学生などの夢を持つ若者が、集い・交わり・学べる家として「コミュニティハウス アオイエ」を設立。現在は、東京・京都を中心に13軒の住居に、総勢130名が暮らしている。

さらに2018年には、“定住”という当たり前を覆すべく、バスを改装した可動式住居を制作する「BUS HOUSE」事業を始動。2019年2月には社名を一新、資金調達も発表し、急成長するDADA・青木が描く、次世代のコミュニティ像とは。

「夢を描く若者のオアシスを作りたい」3000人が集まるシェアハウスが生まれるまで

ー学生時代にシェアハウス事業「アオイエ」を立ち上げた青木さんですが、起業のきっかけを教えてください。

青木:大学3年生のとき、周りが大企業への就活をスタートする中で「自分で何かやってやろう!」と思う同世代が集まって生まれた家が「アオイエ」です。集まったのは、アーティスト・起業家・アスリート・研究者などさまざまでしたが、やっていることは違えども、同じ方向を向く同世代が集まって、一緒に進んでいける場所を作りたいと思い、みんなでの共同生活が始まりました。その家では定期的に、起業家やパラリンピックメダリスト・ドクターなど、既存の社会概念や生き方からジャンプアップしている大人たちを招き、話をしてもらう機会を作っていました。気づくと、年間3,000人くらいの人が訪れる家にまで成長していて、ビジネスとしてやっていこうと決意しました。

ー昨年には、新規事業の「BUS HOUSE」(可動式住宅)を立ち上げました。人が集まる場所の「アオイエ」とは、一見相容れないビジネスという印象を受けたのですが、「BUS HOUSE」構想がスタートした経緯は?

青木:「アオイエ」を運営する中で、初期の住人に多かったアーティストの子などを見ていると、たとえば作品制作をするために北海道に行くといった、自由な移動で場所に固定されない生活スタイルを送っていました。

時代としても「シェアリング」の概念が浸透して、人がミニマリストになっていく中で、家が固定される必要はないのでは、と思ったのが最初のきっかけです。むしろ、移動し拠点が地方や海外に広がることで、これまで僕たちが育んできたコミュニティに流動性が生まれ、さらに進化していくと思い、本格的に「BUS HOUSE」をスタートさせました。現在は既存のバスを改造して、ワンルーム8帖くらいの居住型バスを作っています。

ー2月には会社名も「アオイエ」から一新されました。新社名の「DADA」に込めた想いを教えてください。

青木:1910年代半ばにヨーロッパを中心に起こった芸術思想・運動である「ダダイズム」が由来です。「ダダイズム」は、それまでの「アート」が油絵や抽象画がほとんどだった時代に、アートの既成概念を破った新たな作品づくりと「ダダイスト」と名乗るさまざまな人が現れ、コミュニティづてに新しいムーブメントが広がっていた事例です。

スタートアップ企業というと、いかに高速でキャッシュが生まれるかという短期的なゲームでの勝利が求められがちです。一方で、弊社では短期的なゲームウィナーになるのではなく、どんな文化を残せるか・カルチャーを作っていけるかということを目指しているメンバーが多い。「ダダイズム」の思想やカルチャーを尊敬し、次世代のコミュニティを作っていくという想いを込め一新しました。

“動く家”で実現する「すべての人が同じスタートラインに立てる世界」

ー「BUS HOUSE」についてさらに詳しく聞きます。先月、宮崎県日南市で初の実証実験をしたとのこと。なぜ宮崎の地を選んだのでしょうか?

青木:2020年に向かってインバウンドが伸び続け、政府が観光立国を目指している中で、
東京、京都などの観光地以外にも多くの観光客が足を運んで欲しいという思いがあります。四季折々が顕著に表れ、風光明媚な土地をより多くの人に見て欲しいと思っています。

ー宮崎の観光と聞くと、野球チームのキャンプが有名な印象があります。

青木:そうなんです。実証実験をした日南市は、まさに野球チームのキャンプ中で、人口5万人の街に15万人が殺到するんです。また、日南市は、地方創生の全国的な成功事例とされる町となっています。企業のサテライトオフィスの誘致や若い世代が移住し、起業するなどイノベーションに積極的な町です。そんな町だからこそ、これからの新しい住居の在り方を考えてもらうために町の方や友人などに生活してもらうというテストをしました。

ー生活された方の反応はどうでしたか?

青木:満足していただけたのと同時に、課題も見えてきました。「BUS HOUSE」は、ベッドやソファー、洗面台などはあるものの既存の住宅に比べると非常にミニマムな環境になっています。一方で既存の住宅は、非常に要素が多すぎるのではないかという仮説もあります。
まずは、ミニマムなものとし、生活してくださった方の声を反映して、何を削り、何を加えるのかを考えて行きたいと思っています。とはいえ、現状のバスでは急激なエアコンのオン・オフに耐えられなかったり、水道の水圧が安定しないなどの問題も把握できました。今後の事業拡大にあたり、オフグリッドのインフラ整備を改良し、よりユーザー満足度を上げていくことが目下の課題です。

ー日本でも「MaaS」をキーワードに、さまざまなプレイヤーが登場してきています。モビリティを主軸にした事業である「BUS HOUSE」として、世の中に提供したい価値を教えてください。

青木:ライフスタイルがモビリティ中心になった時代に、新しい「住宅インフラ」として人の暮らしを変えていきたいです。自分の中で強く実現したい社会像として「どんな人種・場所に生まれても、同じスタートラインに立って挑戦できる世界」があります。

いま、家は世界中の人がローンで購入するような超高額商品ですが、もし100万円で移動式の家が手に入るとしたら、アジアやアフリカの根本的な住宅インフラ像を変えていけます。さらに家が移動式になることで、固定の鉄道や道路を整備するのではなく、モビリティで回遊できるような、水道や電気などのチャージャーといったオアシスのような場所をつくるといった「まちづくりの景色」さえも変えていけるポテンシャルがあると思います。そんな暮らしを作ることで、すべての人が場所に縛られず自由に移動をして、多くのチャンスを掴めるような世界にしたいです。

「ニューコミュニティメーカー」ブレない事業領域が次のアイデアを生む

ー学生時代に起業した青木さんですが、0からビジネスモデルや企画を考えるときのマイルールはありますか?

青木:よく感覚肌っぽいと言われるのですが、ロジカルに考えるタイプです。自分の中に作りたい社会像があって、その像に沿うものはやる・沿わないものはやらないと決めています。とはいえ、ビジネスにするためにマーケットサイズは欠かせないので、事業を作り始める前のリサーチは徹底してやります。イノベーションが起きていないとか、若い力でも変化が起こせそうだといった観点から勝てる市場を見つけた上で、アクセル全開で突入していきます。

ーそもそも起業のきっかけになった人や、今の事業に影響を与えた人はいますか?

青木:父です。父は常に一地球人としてどう生きるかを考えているような、とにかく公共性の高い人で、会社の有給休暇を使って海外にボランティアしに行くこともしばしありました。そんな父に、小さい頃から自宅にあったキャンピングカーで、いろいろな場所に連れていってもらっては「世界のために生きろ」と言われていました(笑)。その点で、今やっている事業には、そのDNAが流れているのかもしれません。

ー今後の野望を教えてください。

青木:短期的には、今手がけている「アオイエ」や「BUS HOUSE」といった事業を成長させ、社としても掲げている「ニューコミュニティメーカー」というビジョンを進めていきたいです。

長期的には、作家の平野啓一郎さんの「分人主義」という概念を体現できたらいいなと思っています。いま現在も、「アオイエ」の事業領域にも通ずる「社会保障領域」をもっと深く知りたいと思い、慶應義塾大学のSFCで研究所の研究員をやっています。起業家としてだけでなく、学者・研究者・アーティストなど、さまざまな立場でアウトプットをしていけるようになりたいです。

Interview & Text:長谷川きなみ
Edit:市來孝人