アイデアではなく、社会実装–カンヌライオンズで感じた今求められていること

2019.07.16

6月17〜21日に開催されたクリエイティブの祭典「カンヌライオンズ2019」。筆者はPR Lions・Innovation Lionsを中心に視察したが、本年度は日本の面白いアイデア作品は評価を得られず、大きな社会課題に挑む海外のプロジェクトが高い評価を得た。もはや“Social Good”は標準装備。その上で“社会啓発”だけにとどまるのではなく、“社会実装”までの結果が求められた今年の傾向についてレポートする。

Innovation Lionsのショートリスト(最終候補作品、25点)では、デジタル技術を使用した障害者への生活改善技術が注目されていた。3つの事例を紹介する。

The Blind Votes

メガネやサングラスのフレームにマグネットで取り付けられる、1オンス(約28グラム)以下の軽量ウェアラブル人工視覚技術。直感的なポインティングジェスチャーや視線を向けることで、映る文字を読み上げる。また、顔認証技術もつけており、目の前に誰がいるのかも読み上げてくれる。イスラエルでは、これを選挙の投票所に設置して視覚障害者の助けとした。
※スマートフォンやWi-Fiが必要

Accessibility Mat

車椅子を使用している人々が自由に街中を動けるように設計されたマット。非常に軽くて抵抗力のある素材で作られたマットは、通常は車載のトランクマットとして使用。障害者はマットを使用する際は車から出し、折りたたみ、車椅子の後ろに置き、街中で段差があるときに使用することができるというもの。

マットにはセンサーと、車椅子利用者の携帯電話にBluetooth信号を送信する機能があり、マットが使用された場所を正確に地図に示す。その使用地図データを行政と共有してバリアフリーの都市を構築することの助けにもなる。

See Sound

そして、Innovation LionsでGrand Prixを受賞したSee Sound。家の中のいろいろな音を画像や色に変換し、聴覚障害者が識別できるようにする製品だが、そのポイントは、
1)価格を抑え、購入しやすく
2)Googleのデータを活用し、YouTubeのデータをAI学習化
3)行政に働きかけ費用負担を補助
4)聴覚障害者の家庭50%への普及が最終目標
と、単なる技術ではなく、その社会普及の現実性と聴覚障害者の生活改善がリアルに見えるところが高く評価されていた。

他のカテゴリーでも、インクルーシブな社会の実現に向けた作品が多く注目を集めていた。なぜ、カンヌ全体で、インクルーシブな作品が注目を集めるのか。Media Lionsの審査員に話を聞く機会があったので理由を聞いてみると「私たちクリエーターは、社会を良くするための“新しい社会常識”を作ることができる」と語っていた。

つまり「障害者向けのニッチな製品が多くの賞を受賞した」のではなく、「新しい社会の実現に向けて、高い技術をシンプル化して世の中に実装させた」ことが高い評価を集め、視座の高い点が評価されていたのだ。

大企業が生み出す製品やサービスがコモディティ化している中、スタートアップのシンプルかつインパクトを持った製品・サービスこそが求められているのではないか。しかも、作って満足するのではなく、きちんと知ってもらい、使ってもらい、社会実装させてこそである。京都大学の山中伸弥教授が語っていた「研究内容が50パーセント、それをどう伝えるのかが50パーセント」(「プレゼン」力 ~未来を変える「伝える」技術~ 講談社 山中伸弥/伊藤穰一著)という言葉にも通ずる。

また、残念ながら受賞はなかったが、筆者が注目した事例も紹介する。

THE PUCK

The Puck – Case Study from Grey Canada on Vimeo.

尿をかけると、尿中のグルコース量を測定し緑と赤で示す。それにより糖尿病の危険値のレベルが判明する。これを家庭や公共のトイレ・会社などに設置するというもの。糖尿病は生活に根付く病気のため、日常の生活の中での啓発とケアが欠かせない。日々の製品の使用を通じて、人々に糖尿病を考えさせる事例。

ちなみに、他の受賞作品の受賞理由などを聞く中で、この作品がなぜアワードを取れなかったのか分かってきた。求められていたのは、Creativityに加えた、Business Impact(持続的な収益性)とPublic Affairs(行政まで影響を与えているか)だ。この事例は、具体的にどのように自治体と交渉して、どのような場所に設置されたかがよく見えなかったため、高く評価されなかったようだ。

また、参加して課題と感じた点も一つ挙げておきたい。カンヌライオンズは世界有数のCreativityのアワードで、多くの革新的な作品やキャンペーンが紹介されているが、“実物の展示”が圧倒的に少ないことが気になった。多くのカテゴリーで数千点の事例が映像とパネルで展示されているのみ。革新的な製品やサービスも、実物を触ったり試したりすることができないため、(別途審査は行われているとしても)我々参加者は実際に触れて、手に取ることで湧くインスピレーションを得ることができない。

日本の強みとも言える小型化の技術やユーザビリティの快適さもクリエイティブの重要な要素であるはずだが、それらが展示で見える化されていないことは、審査時にどの点がどこまで評価されたのか、審査員以外の参加者にとって考えづらいということになる。

様々な事例を元に考察してきたが、世界は大きく動き、デジタルがリアルな社会も変え始めてきた。単なるジャストアイデアや表現のクラフトアイデアだけでは戦えない、社会実装させる“Creativity”と実現させる“覚悟”が求められている。

自分たちの技術や製品が世の中に新しい価値を築いていく。そんな喜びを皆で讃えながら議論を戦わせる、カンヌはそんな熱気に満ち溢れていた。

Report:溝渕竜三朗
Edit:西村真里子、市來孝人